南洋の汽車旅 コタキナバル マレーシア 服部一人

機関車は6−015と呼ばれるもので1954年イギリス製。長らく休車状態だったものをレストアして復活させた。
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いつも汽車の撮影に出かける旅はワクワクして心躍るものだが、今回は出ばなをくじかれた。飛行機が大幅に遅れ、コタキナバルのホテルに入ったのは、もう少しで夜が明けるかという時刻だった。それでも一晩寝れば気分も晴れる。翌朝目を覚まして街を歩けば、コタキナバルは都市でありながら、どこかのんびりした空気の漂う明るい街だった。
列車が出発するタンジュンアル駅はコタキナバルの街はずれにある。明日の観光列車のために下見に行くことにした。都市のターミナル駅らしからぬ、ただの田舎駅に人影はほとんど見当たらない。暇そうにしている少ない駅員と、お客もなくテレビを見ているキオスクのおばさんがひとり。一目でこの鉄道が斜陽であることが分かる。時刻表を見ると1日に10本に満たない列車が載っていた。ここに週に2回、コロニアルとノスタルジーを売り物にした観光列車が走っているはずなのだが、どこにもそれらしい告知はない。まぁ、明日来てみればわかるさ、と気を取り直して帰ることにした。
翌朝、あの閑散としていた駅は見違えるような光景だった。駅前には大型観光バスが何台も停まり、ホームは観光の白人客であふれていた。皆ツアーでやってきた人たちだ。思い思いに写真を撮って、にぎやかなおしゃべりで駅は満たされていた。やがて出発時刻になり、ほぼ満員のお客を乗せてゆっくりと発車した。客車は当時の物ではないが、木を使った内装に白熱灯や扇風機とレトロな雰囲気である。車窓風景はいささか単調で、小さな街をいくつか通過するだけで海が間近に見える場所も少ない。とはいえ、ゆっくりした列車の揺れに身をまかせ、開いた窓からなま暖かな風を受けていると、いかにも南国の汽車旅の風情で、悪くない気分だ。
終点パパールには2時間足らずで到着した。駅前にバザールがあり見所だと案内されたが、それには従わず方向転換をする汽車を見に行く。廃車になったあと長らく放置されていた車両を大修理のうえ復活させたということだが、渋いグリーンに塗られたボイラーがピカピカに磨かれて美しく光る。森林資源の豊富なボルネオらしく薪を燃料にしているが、近くにいるとキャンプファイヤーのような香りがする。
帰路は昼食が用意される。ステンレスの小さな弁当箱に入った軽食で、食事の後には英国らしく紅茶とお菓子も出てきた。これら一連のサービスは、やはりコロニアルな制服を身につけたスタッフによっておこなわれた。往事の南洋の汽車旅の雰囲気に浸るというのが、このツアーの醍醐味なのだ。やがて汽車がタンジュンアル駅に到着して、たくさんのツアー客がバスで立ち去ってしまうと、またもとの閑散とした駅に戻ってしまった。なんだかお祭りの終わった後の空舞台を見ているようだった。
この鉄道は、もとをただせば英国植民地時代の1896年に建設されたもの。路線はタンジュンアル~テノム間約135キロ。独立後はサバ州公営。地元観光会社がタンジュンアル~パパール間約33キロを借りて、週2回の蒸気機関車運行を2000年に開始した。
ここに出かけたのは今からもう7年も前のこと。当時僕はタイにいて、近くだから行かなきゃと気に留めていたものの、いつでも行けるさとたかをくくっていた。そんなときに、路盤がかなり痛んできており、大幅な保線作業が必要で鉄道そのものの存続もあやしい、というような情報を知って慌てて駆けつけたものだ。案の定、2007年からは運休してしまい、その後まだ再開されていない模様だ。これといって特徴がある鉄道ではないが、あの南国のゆるい空気に浸りたくて、また再開したら行きたいものだと近頃よく思うのだ。
パパールで帰路の発車準備をする。レトロに見える客車は1975年日本製。
薪は石炭に比べカロリーが低いので多量に消費する。休む間もなく、せっせと薪を投入する機関助士。狭くて暑い中での重労働だ。
Canon EOS5 EF28-70/2.8, Ricoh GR1, RDP
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皆さんのご活躍をいつも楽しみに拝見しております。ご無沙汰しております。ここは、17年前にペナンへの出張の帰り?に立ち寄りました。その時には、タンジュンアールの機関庫でこの蒸気を見つけて、「動くのか」と聞いたら、「そのうちに」との返事だったので、額面通り受け止めていましたが、こんな形で復活していたのですね。私は、パパールより先のビューフォートからテノムに行く路線を行く、小型(定員13名と聞きます)の気動車を撮りたかったのですが、時間が合わず、ビューフォートまでの区間をタクシーと列車でつかの間の南国のゆるい空気を楽しみました。転轍機なども英国輸入品が残っており、楽しい時間を過ごした思い出がよみがえりました。
投稿: 佐藤 一郎 | 2013年5月 2日 (木) 21時28分
佐藤さん、こんにちは。ご無沙汰しています。いつも当ブログをご覧いただきありがとうございます。佐藤さんもこちらの鉄道に行かれたのですね。5月1日のブログで取り上げたミャンマーもそうですが、英国の雰囲気が残った鉄道は私の好みです。先日、実に29年ぶりにインドのダージリンヒマラヤン鉄道にちょこっとだけ行ってきましたが、こちらも昔の雰囲気がまだ随所に残っていて懐かしかったです。イギリス本国には、実はまだ本格的に鉄道撮影行ったことがないので、そのうち行ってみたいです。今後ともどうぞよろしくお願いします。
投稿: ハットリ | 2013年5月 2日 (木) 21時50分