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2014年3月

2014年3月30日 (日)

遥かなる旅愁-極寒模様-3  深川俊一郎

雪が降るので暖かくなる・・・は北国の常識ですが、そこに風が加わると、逆に体感温度はぐっと下がります。
低温で乾いた雪の結晶は、みるみる視界を霞ませてゆくのです。
もうすぐ4月。既に雪どけの季節ですが、冬の終わりにもう一度名残の雪景色をお届けします。


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かわいた雪


横殴りのかわいた雪が湿原を柔らかく視界から翳めてゆく。
吹雪と煙と蒸気が混沌と漂っている。

釧網本線 茅沼-塘路 HASSELBLAD 500CM Tele-Tessar CF 350mmF5.6 T*

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煙模様

逆向きの機関車がゆっくりと発車する。
ここでは丹頂が驚かないように汽笛は鳴らさずに、煙の造形のみがスローモーションで膨らんでゆく。

釧網本線 茅沼-塘路 HASSELBLAD 500CM Distagon CF 50mmF4 T*



        4月1日から「レイル・オンさくらまつり」開催します。

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2014年3月28日 (金)

ゆずと行く・・春の予感  伊勢新一郎

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        ようやく春がやってきたようです

        ツクシがきっと雪解けの知らせを届けてくれる・・・

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3nh1kan_2           LumixGX1、Nikkor35mm、PZ14-42mm

                                                            ・  ・ ・ 

                          4月1日より 「レイル・オン さくらまつり」 開催します。

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2014年3月26日 (水)

ひろでん 3000形3連接車   服部一人

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路面電車が元気な街、広島。「ひろでん」こと広島電鉄はオールドタイマーのトラムが走る、動く路面電車博物館と言ってもいい存在だ。元大阪市電に京都市電に神戸市電とミュージアムピースがそろっている。初めて「ひろでん」を撮影した日、そのどれもが味わい深いのだけれど、とりわけ、この3000形連接車は印象に残った。

ヨーロッパのトラムには連接車は多いけど、日本のトラムは道路事情からか、そんなにメジャーじゃない。堂々とした長さの車体は風格がある。広告電車もいいけど、このレトロな塗装がたまりません。


元西鉄北九州市内線の電車だったのだが、その時は2連接車。ひろでんに移ってから3連接車に改造された。21世紀の現在、眼福の1台と言えます。

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CANON EO5DⅡ 50D   EF17-40/4L  EF24-105/4L  EF28-70/2.8L  70-200/2.8L


        4月1日より 「レイル・オン さくらまつり」 開催します。

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2014年3月24日 (月)

LongDistance -- 140324 --  梅村貴子

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久しぶりに 列車で 「お絵描きぬり絵」 をしました。

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東京メトロ日比谷線 霞ヶ関/神谷町 ・ 半蔵門線 清澄白河 ・ ゆりかもめ 市場前
Sony Cyber-shot RX100

2014年3月22日 (土)

南フランス・ポール・モーリア氏のもとへ・・・。  太和田光一郎

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月日が経つのは早いものである。日本人とは馴染みの深いフランスの音楽家ポール・モーリア氏が忽然とこの世を去ってから、8年が経とうとしている。お若い方はご存じないかも知れないが、手品のときに流れる曲(オリーブの首飾り)の演奏者といえばお解かりいただけることだろう。 

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Pmd_1194k_   セーヌ川のクルーズ船から撮影したビル・アケム橋を渡るパリメトロ6号線。ここから眺めるエッフェル塔の景色が観光客に人気だ(上)。無人運転の14号線の先頭車は、すばらしい眺め。ピラミッド駅付近(左)

私がポール・モーリア氏の音楽と出会ったのは、1974年。アルバム『イエスタディ・ワンス・モア』からだ。ちょうど、カーペンターズの全盛期。SLの終焉が目前の頃である。Pmd_1582k__8

 以来、飽きもせず毎日のように聴き続けているのだが、この美しい旋律と私がイメージする鉄道写真の印象とが、どこかリンクしているように思うのは私だけだろうか。

 生涯、約1,500曲ものレパートリーを残したポール氏。今もなおCDなどが世界各国でリリースされ続けているが、やはりなんといっても日本公演の多さだろう。1969年に初来日して以来、ほとんど毎年のように日本各地でコンサートを行ない通算約870回の公演を数える。

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リヨン駅を後にするTGV。この構内には、いったいいくつのダブルスリップポイントがあるのだろう。(上) サンラザール駅での一コマ。改札口も無く、開放的な駅。(右) 上野駅のようなイメージのリヨン駅。南フランス、スイスや、イタリア、スペインなどに向けてTGVが次々と発車してゆく。(下)Pmd_0587kt_

 ポール氏の引退後、コンサートホールのイメージどおりに曲を再現するために、全身全霊をかけてセパレート・アンプを製作したのも楽しい思い出。

 また、以前、病に倒れた時に、いつも心の支えとなってくれた氏の名演の数々は、当時の私にとって音楽療法そのものだった・・・。 どれだけ身も心も癒されたか知れない。

 この頃から、いつ日か墓地に参拝して命の恩人であるポール氏に心からお礼を申し上げたい・・・。そう、思うようになっていった。

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 ポール氏と40年以上もの親交があった近くに住むT氏もファンのお一人。私たちの母校でもある船橋市立海神中学校の創立50周年の際、元PTA会長でもあった氏がポール氏に作曲を依頼し、特別に書き下ろしていただいた記念曲『トリトン』は、ポール氏よりプレゼントされた宝物。

 今では、当校のイメージソングとして、晴れの日に吹奏楽部が演奏し、生徒たちに歌われている。

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ポール・モーリア氏直筆の『トリトン』のスコアは、氏が海神中学校へ寄せた手紙と共に玄関ホールに大切に展示されている。

Pmd_2584k_ 日本公演のときなどは、常にポール氏をサポートされていた奥様のイレーヌ夫人。現在90歳になられるがとてもお元気だそうだ。

 昨年末、T氏より夫人に改めてその時の御礼をしたいという相談のお電話をいただき、私も協力させてもらうことになった。

  さて、どうしたものか。記念曲『トリトン』の息づく母校をストレートに奥様に観てもらうにはやはり写真がいいだろうという事になり、早速、海神中学校を特写しアルバムを制作。何とか仕事をやりくりして、フランス行きの決行となった。

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まだ暗いリヨン駅。7:15発のTGV 9711は、バルセロナ行の直行便。ペルピニャンまでは5時間弱の長旅だ。

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ポール氏の遺骨は、ペルピニャン南墓地の中にあるコロンバリウム(納骨堂)の306に埋葬されている。訪れた日は、穏やかな小春日和で雪が残る標高2,784mのカニグー山を遠望できた。(上)

 今回は、スケジュールの関係で直接イレーヌ夫人にアルバムを手渡すことは叶わなかったが、ポール氏の眠る墓地と別荘がある南フランス・ペルピニャンに在住するポール氏の甥子さんご夫妻に大変お世話になり、念願だったお墓参りが実現した。Pmd_2554k_

その後、別荘にも特別にご案内していただき、家内と共に夢のような至福の6日間のポール・モーリア氏を偲ぶ旅となった。

 

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 ご夫妻は1980年以降、毎夏この別荘で長いバカンスを過ごされた。氏が生涯こよなく愛したアウトドアスポーツのペタンク。写真は、愛用していたマイボール。プールの左奥に照明付のペタンク場がある。(上)

ポール氏は生前、パリ市内の事務所の執務室かこの別荘で作曲やアレンジなどの仕事をされていたそうだ。このピアノから、いったいどれだけの名曲が生まれたことだろう・・・。(下)

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撮影:2014.2.15-18   

Nikon Df   16-35mm F4 ・ 24-70mm F2.8 ・ 70-200mm F4

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2014年3月20日 (木)

奥会津より-未だ閉ざされた道  深川俊一郎

不通となっている只見線の会津川口-只見間は、雪に閉ざされていました。
1/22には沿線自治体とJRによる初めての協議が開かれましたが、JR東日本は約85億円と試算した復旧費の負担や今後の利用客の見込みを理由に「鉄道の復旧は極めて困難」との見解を示しました。
沿線自治体はもちろん反発し、費用負担の方法や利活用促進策の検討を続ける考えを伝達しています。
地元の復旧への熱望で、国の財政支援が受けられるよう特例法案の提出も準備されているようです。
工事費85億円、工期4年のハードルは高いですが、肝心なのはその後の利用客増加に向けた対策だと思います。
かけがえのない只見線の情景をこれからも発信していきたいと思います。

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閉ざされた道


カーブしたコンクリート橋は、盛り上がる積雪でオブジェと化す。
只見線 会津蒲生-只見 HASSELBLAD 500CM Distagon CF 50mmF4 T*

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閉ざされた駅


列車が来なくなった軒先の駅は、静かに眠る。
只見線 本名 HASSELBLAD 500CM Distagon CF 50mmF4 T*

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閉ざされた鉄橋


森の入口にある小さな鉄橋は、雪に埋もれてもっと小さくなっていた。
只見線 本名-会津越川 HASSELBLAD 500CM Distagon CF 50mmF4 T*

2014年3月18日 (火)

ゆずと行く・・雨やどり  伊勢新一郎

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朝方からの冷たい雨で、ゆずの散歩もできない・・・

雨やどりに立ち寄った跨線橋は不思議な空間

さあ、一休みしたら出発しよう。

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4ab11kan 阿武隈急行線 角田駅 LumixGX1

2014年3月16日 (日)

レンズマウントアダプターあそび 3 Mロッコール28/2.8×FUJI X-E1@バンコクローカル線   服部一人

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Mロッコール28mmの2.8開放の撮影。僕はレンズマニアの方々がこだわっている「レンズの味」とか「ボケの描写」といったものにあまり興味が無いのですが、これは普通にきれいなボケでいいと思います。全体に少しハレっぽかったので、Photoshopでコントラストを少し調整してあります。タイの鉄道は出発の時に、この鐘を鳴らします。

前回、同じ組み合わせで銚子電鉄を訪ねました。(こちら→http://blog.rail-on.com/2014/02/m2828fuji-x-e1-.html
このロッコールがとても気に入ったので、タイに出張した折、サブカメラとして持って行きました。

タイは4月、5月が1年で1番暑い。3月ともなると涼しかった冬が終わり、毎日じわじわと暑くなる季節です。この季節に日本から来ると体感温度の差が25度以上あって、到着当初はけっこうきついです。ラオス国境での仕事の取材も無事終わり、滞在最終日は撮影したデータをバンコクのホテルでせっせと整理していました。このまま帰国するのもちょっとつまらないので、午後はフィールドワークということにして、仕事をさぼってカメラを持って外出することにしました。

出かけた先は、バンコクトンブリ駅。ここは市内を流れるチャオプラヤー川の向こう側にある小さな駅。別名バンコクノーイ(小さいバンコク)と呼ばれています。いつも思うのですが、チャオプラヤー川を渡ってこちら側に来ると町の雰囲気が変わります。都心部の高層ビルが建ち並ぶきらびやかな繁華街から、ぐっと庶民的な普段着のバンコクに来た感じです。この駅はかつては南部、東部方面の列車が発着するターミナル駅としてにぎわってましたが、現在はファランポーン駅が主要ターミナルとなったために、すっかりさびれた駅になっています。日に10往復程度の列車が発着するだけの静かな駅は、午後の熱い日差しの中でけだるい空気がただよってました。

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トンブリ駅からは1日2本、有名な観光地クワイ川鉄橋に向かう列車が出るので、酔狂なファラン(外国人)旅行者もしばしば見かけます。

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駅を出発したところ。客車列車のほかにディーゼルカーもあります。


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トンブリには車庫があって有名なC56を保存しています。715と713の2両です。車庫の人に聞くと修理中とのことで、いくつかの部品が外されて置かれていました。タイのC56は車両限界の関係で屋根の頂上が平らになっているのが特徴です。


続いて向かったのはメークロン線のタラートプルー駅。有名なメークロン線は以前にも取り上げたことがあります。(こちら→http://blog.rail-on.com/2012/07/post-16b9.html
ここは終点の駅と市場が渾然一体となった様子が名物ですが、今回向かったのはタラートプルー駅。バンコク側の始発駅、ウォンエンヤイからひと駅行った隣です。タラートプルーというのはプルー市場という意味。周辺はバンコクの下町といった感じの風情です。メークロン線は終点の名物駅を除けば沿線風景が単調で、途中駅もこれといって趣のある駅はないのですが、ここは駅を囲む町の雰囲気が雑多なにぎわいがあり、庶民的で気に入っている場所です。名前の通り駅の一角には小さな市場と食堂などが並んでいます。数年前に駅舎の一部が新しくなりましたが、今でもなかなかいい感じの駅です。

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タラートプルー駅に列車が到着した。タイでは人々が行き交うところ、自然に物売りが集まり、市場や食堂ができる。


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バンコクのローカル線だが、おおむね1時間に1本程度の列車密度で、通勤通学需要もけっこうある。


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少し前までは旧型車が走っていたが、今は割と新しいディーゼルカーに変わった。でも風通しのためにドアも開けたままで快走する姿は変わらない。


午後から半日出かけただけですが、このMロッコール28/2.8×FUJI X-E1の組み合わせは、こういう散歩カメラに最適ですね。画面に強い光源や明るい空などが入ると全体にハレーションぽく写りますが、それもまた南国の暑くてけだるい空気感を出すのにあっているように思いました。

Mロッコール28/2.8,FUJI X-E1


2014年3月14日 (金)

LongDistance -- 140314 --  梅村貴子

_____   *** 青い空 白い雪 赤い機関車 <雪372レ・雪362レ> ***

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好天が続けば線路上に雪は少なく、ラッセル君もしずしずと通り過ぎて行く。道北までえっちらおっちら出かけて行ったのに、昨年のような迫力ある雪煙を見られないのはちょっと残念ではあるけれど、豪雪で列車運行に支障が出るよりはなんぼか良いことと思う。

青空と白い雪と赤い機関車のコントラスト、これはこれで気持ちいい。
ラッセル君も雪かきの重労働から解放されて・・・、こういう走りもいいよね。

3月も半ばとなり、今冬はもう豪快な走りを見ることは無さそうだけれど、次の冬にまた違った顔に会えるといいな・・・。

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宗谷本線  雪372レ ♡ 雪362レ      撮影 2014年2月
勇知-兜沼  ・  安牛-雄信内  ・  歌内-天塩中川  ・  音威子府駅  ・  北星-日進(東恵橋)
Canon EOS 5DMarkll  ・ 6D /  EF17-40mm F4   EF24-105mm F4    EF70-200mm F4
Thanks 326(saburou)

2014年3月12日 (水)

新幹線ランドスケープ  -140312-  太和田光一郎 

                    TOKYO⇔SHIN-OSAKA Vol.09

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新幹線の持つ音、揺れ、響き、匂い、スピード感、そのすべてが心地いい。

① 2014.1.25 東海道新幹線  浜松駅

②     〃          〃          新横浜-小田原間

③ 2014.3.1         〃       品川-新横浜間

④ 2014.2.23       〃             〃    間

Nikon D4   24-70mm F2.8

2014年3月10日 (月)

線路端の光景-8 オホーツクへ  深川 俊一郎

列車が去った後には・・・長くゆったりとした時間と空間が流れてゆきます。
そこにはいつも、いずれまたやって来る次の列車の予感があるのです。
線路から付かず離れず、そこにある名もない小さな一瞬を見つけては、ささやかなアルバムの1ページを重ねてゆきます。

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霞む地平線


大地と空がかきまぜられたように、方向感覚がなくなってゆく。
霞む地平線に佇む一本の木が、その厳しさを教えてくれる。
石北本線 女満別-呼人  ROLLEIFLEX V  Tessar 75mmF3.5 T

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開かない踏切


いつまで待っても開きそうにない踏切。
ここから先には行ってはいけないのだろうか。
釧網本線 北浜-浜小清水 ROLLEIFLEX V  Tessar 75mmF3.5 T

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流氷来たる


どこからが海なのか曖昧だ。
冬のオホーツクは別世界への入り口なのだろうか。
釧網本線 桂台-鱒浦 ROLLEIFLEX V  Tessar 75mmF3.5 T

2014年3月 8日 (土)

ゆずと行く・・春の気配  伊勢新一郎

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いつもの公園を相変わらずゆずと歩く

遠くから紅梅の花が見える・・・

少しずつ春の気配が漂うこの頃

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2014年3月 6日 (木)

民衆の鉄路(下) ネパール   服部一人

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ジャナカプール鉄道 ネパール〜インド国際行商列車



(前回より続く)

国境の村、カジュリへ

 翌朝、ホテルのレセプションからの電話で目が覚めた。まだ8時、モーニングコールを頼んだ覚えはない。
「あなたのリキシャーがお迎えです。」 
 「は?」 
仕方なく降りていくと昨日空港から乗ったリクシャーの運転手がニコニコしながら立っていた。約束したつもりはないのだが、せっかく来たのだ。使ってあげよう。

 今日の予定はネパール側のボーダー、カジュリ駅を訪ねることだ。本当はぜひとも体験乗車したいのだが、今の1往復のダイヤではジャナカプールから乗車すると当日中に帰ってくることができない。それに昨日見た鈴なりの乗客満載の列車に、いささか腰が引けたということも内心ある。終点のジャイナガールまで行きたいところだが、あいにくとこのボーダーは外国人には開かれておらず、カジュリまでしか行くことができない。

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 まずジャナカプール駅に立ち寄り11時前に到着した列車を撮影すると、さっそく田舎道をカジュリに向かった。運転手はリクシャーで行くと主張しているが、カジュリまでは20キロはある。それにこのデコボコ道だ、リクシャーで行けるわけがないだろうとこちらは思う。しかしまぁ、その時はバスにすればいいと気軽にかまえていた。案の定、町を出てまだ数キロも進まないうちに砂利にタイヤをとられ、よろよろと難渋する。横を車が追い越してゆくたびに容赦ない砂埃をかぶる。運転手の背中は汗でぬれ、シャツがべっとりと張り付いている。後ろで乗っている私もさすがに気の毒になってきた。もう声をかけようかと考えていた矢先、運転手はついにへばって、ここからバスで行こうと言いだした。道路沿いの民家の庭先にリクシャーを投げ出すように置くと、しばらく地面に座り込んでいた。

 やがてバスがやってきたが、なんとこのオンボロバスは列車と同様、屋根にまで人を満載している。もう覚悟を決めて乗り込むしかない。手伝ってもらって屋根に登ると見晴らしはよく、ここは特等席かもと思ったのもつかの間、動き出すとデコボコ道で大きく左右に揺られる。つかまるところもなく危なっかしい。ほかのネパール人たちは慣れているのか涼しい顔で乗っているが、振り落とされそうでかなり怖い。きっと私1人、顔が引きつっていたことだろう。おまけに直射日光に照らされた屋根は暑い。
 
 しばらくふんばっていたが、車掌の男が下から呼ぶので降りていくと、ここにつかまれと言う。今度はドアの外にぶら下がることになった。恐怖心はこちらの方が少ないが、ずっとつかまっている腕力がたいへんだ。指も腕もだんだんとしびれてくる。屋根の方がまだマシだったかと後悔しはじめた頃、やっと少しすいてきた車内に入れてもらった。昨日の列車の撮影では鈴なりの乗客を見て、これは絵になる光景だといい気になってシャッターを押していたが、じっさいに自分で体験すると、過酷さがよくわかった。
  
 50分ほど乗車したのち、何の変哲もない小さな集落でおりる。ここから駅までは徒歩だ。一面に畑が広がる中の農道のような道を2人でとぼとぼ歩く。カジュリの駅まで、いったいあとどれくらいあるかもわからない。こういう目標のない行程はつらい。遠くに小さな集落が見えるたびに、あれがカジュリかと期待し、近づいて違うとわかってがっかりする。そんなことを3度ほど繰り返して、やっとカジュリの駅に到着した。

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駅に歩く途中の集落の民家に描かれた、この地方独特の壁画(ミティラーアート)。

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国境の駅、カジュリ。この先がボーダーだが、別に検問所や柵があるわけではなく、ただインド側のジャイナガールにつながっている。

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まぁ、1日1往復しか通らないから、線路は人々の生活道路にもなり、昼寝の場所にもなる。

 すでに西日が大きく傾く時間になっている。運転手と私は「まず飯だ!」と意見が一致して、掘っ立て小屋の食堂で揚げパンとカレーをほおばる。たっぷり水を飲んでやっと一息ついたあとで車庫を偵察に行くことにした。ここには使われなくなった蒸気機関車が何両も放置してある。酔狂な外人の鉄道ファンがまれにチャーターして汽車を走らせるというが、ちょっと整備してすぐ動くようにはとても見えない。

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 先ほどの食堂の親父の話では、ジャナカプールからの列車はまだ到着していないという。きっとまたどこかで遅れているのだろう。本当はここで到着する列車を撮影するもくろみだったのだが、もう日が沈む時間も近い。そろそろ帰路についた方がいい頃だ。残念ながら退散するとしよう。来た道をまた歩いて戻ると考えるとうんざりするが、運転手も同じ思いだったとみえて、道ゆく牛車を停めて荷台に便乗する。スピードは遅いが歩くよりはるかに楽だ。さらに農業トラクターに、はてはバイクの3人乗りで村のバス停までたどり着いたが、すでにジャナカプールに戻るバスは終わっていた。運転手が走り去るトラックを通せんぼするように強引に停めてヒッチハイクだ。暗くなったデコボコ道をトラックは勢いよく飛ばす。稲わらが散乱する荷台で何度も体が飛び跳ねながら、でもバスの屋根よりはマシだなと思っていた。道ばたに置いてきたリクシャーを拾ってジャナカプールに戻ってきたのは夜9時を回っていた。町の明かりにホッとする。少し気持ちの余裕もできて、茶店に寄ってチャイ(紅茶)を飲みながら運転手を慰労する。朝からのまるでロードムービーのような二人旅を回想する。鉄道には乗れなかったが、今日一日で何種類の乗り物を使ったことだろう。


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夜遅く町に帰ってきたら、結婚式のパレードをやっていた。農閑期の、この季節は結婚式が多い。

 ジャナカプール鉄道はバスよりも遅く、老朽化も激しく、今では一日一往復という不便さにもかかわらず多くの人が利用する。インド側に始発駅があるため、インドからの物資の輸送に都合がいい。同区間を走るバスに比べ、鉄道の運賃は格安である。そしてこれが最大の理由かもしれないが、バスでは載せられないような大きな荷物を積むことができる。大きな荷物を持っている人に何人か聞いてみたが、中身は食品や薬から衣料品、雑貨など、さまざまな日用品が多い。
 
 ひとつひとつはいわば「かつぎ屋」レベルの小口のものだが、総量としてはこの地方の経済活動の一部という見方もできる。こんなヨレヨレの小さな鉄道も「買い出し行商国際列車」として地域経済の一端をになっていると思えば頼もしくも見えてくる。
 
 かくしてジャナカプール鉄道は本日も満員御礼。民衆の熱い支持を受け、今日も鈴なりの客を乗せて走り続ける。

Canon EOS5DMk2, 60D, EF17-40/4L, EFMacro100/2.8L, Makro-Planar50/2, Distagon35/2


2014年3月 4日 (火)

LongDistance -- 140304 --  梅村貴子

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 夕刻 RUN ☆☆☆☆☆☆☆

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石北本線  愛別-中愛別 ・ 宗谷本線 天塩中川-歌内 南稚内-稚内
Canon EOS 5DMarkll・6D  /  EF17-40mm F4 ・ EF24-105mmF4


2014年3月 2日 (日)

新幹線ランドスケープ  -140302-  太和田光一郎

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日夜、電気を運んでくれる高圧鉄塔がオブジェのよう

①  東海道新幹線 岐阜羽島-米原間

②         〃         米原-京都間      

③      〃       岐阜羽島-米原間     

撮影 2014.1.25    Nikon D4  70-200mm F2.8

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