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2014年3月 6日 (木)

民衆の鉄路(下) ネパール   服部一人

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ジャナカプール鉄道 ネパール〜インド国際行商列車



(前回より続く)

国境の村、カジュリへ

 翌朝、ホテルのレセプションからの電話で目が覚めた。まだ8時、モーニングコールを頼んだ覚えはない。
「あなたのリキシャーがお迎えです。」 
 「は?」 
仕方なく降りていくと昨日空港から乗ったリクシャーの運転手がニコニコしながら立っていた。約束したつもりはないのだが、せっかく来たのだ。使ってあげよう。

 今日の予定はネパール側のボーダー、カジュリ駅を訪ねることだ。本当はぜひとも体験乗車したいのだが、今の1往復のダイヤではジャナカプールから乗車すると当日中に帰ってくることができない。それに昨日見た鈴なりの乗客満載の列車に、いささか腰が引けたということも内心ある。終点のジャイナガールまで行きたいところだが、あいにくとこのボーダーは外国人には開かれておらず、カジュリまでしか行くことができない。

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 まずジャナカプール駅に立ち寄り11時前に到着した列車を撮影すると、さっそく田舎道をカジュリに向かった。運転手はリクシャーで行くと主張しているが、カジュリまでは20キロはある。それにこのデコボコ道だ、リクシャーで行けるわけがないだろうとこちらは思う。しかしまぁ、その時はバスにすればいいと気軽にかまえていた。案の定、町を出てまだ数キロも進まないうちに砂利にタイヤをとられ、よろよろと難渋する。横を車が追い越してゆくたびに容赦ない砂埃をかぶる。運転手の背中は汗でぬれ、シャツがべっとりと張り付いている。後ろで乗っている私もさすがに気の毒になってきた。もう声をかけようかと考えていた矢先、運転手はついにへばって、ここからバスで行こうと言いだした。道路沿いの民家の庭先にリクシャーを投げ出すように置くと、しばらく地面に座り込んでいた。

 やがてバスがやってきたが、なんとこのオンボロバスは列車と同様、屋根にまで人を満載している。もう覚悟を決めて乗り込むしかない。手伝ってもらって屋根に登ると見晴らしはよく、ここは特等席かもと思ったのもつかの間、動き出すとデコボコ道で大きく左右に揺られる。つかまるところもなく危なっかしい。ほかのネパール人たちは慣れているのか涼しい顔で乗っているが、振り落とされそうでかなり怖い。きっと私1人、顔が引きつっていたことだろう。おまけに直射日光に照らされた屋根は暑い。
 
 しばらくふんばっていたが、車掌の男が下から呼ぶので降りていくと、ここにつかまれと言う。今度はドアの外にぶら下がることになった。恐怖心はこちらの方が少ないが、ずっとつかまっている腕力がたいへんだ。指も腕もだんだんとしびれてくる。屋根の方がまだマシだったかと後悔しはじめた頃、やっと少しすいてきた車内に入れてもらった。昨日の列車の撮影では鈴なりの乗客を見て、これは絵になる光景だといい気になってシャッターを押していたが、じっさいに自分で体験すると、過酷さがよくわかった。
  
 50分ほど乗車したのち、何の変哲もない小さな集落でおりる。ここから駅までは徒歩だ。一面に畑が広がる中の農道のような道を2人でとぼとぼ歩く。カジュリの駅まで、いったいあとどれくらいあるかもわからない。こういう目標のない行程はつらい。遠くに小さな集落が見えるたびに、あれがカジュリかと期待し、近づいて違うとわかってがっかりする。そんなことを3度ほど繰り返して、やっとカジュリの駅に到着した。

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駅に歩く途中の集落の民家に描かれた、この地方独特の壁画(ミティラーアート)。

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国境の駅、カジュリ。この先がボーダーだが、別に検問所や柵があるわけではなく、ただインド側のジャイナガールにつながっている。

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まぁ、1日1往復しか通らないから、線路は人々の生活道路にもなり、昼寝の場所にもなる。

 すでに西日が大きく傾く時間になっている。運転手と私は「まず飯だ!」と意見が一致して、掘っ立て小屋の食堂で揚げパンとカレーをほおばる。たっぷり水を飲んでやっと一息ついたあとで車庫を偵察に行くことにした。ここには使われなくなった蒸気機関車が何両も放置してある。酔狂な外人の鉄道ファンがまれにチャーターして汽車を走らせるというが、ちょっと整備してすぐ動くようにはとても見えない。

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 先ほどの食堂の親父の話では、ジャナカプールからの列車はまだ到着していないという。きっとまたどこかで遅れているのだろう。本当はここで到着する列車を撮影するもくろみだったのだが、もう日が沈む時間も近い。そろそろ帰路についた方がいい頃だ。残念ながら退散するとしよう。来た道をまた歩いて戻ると考えるとうんざりするが、運転手も同じ思いだったとみえて、道ゆく牛車を停めて荷台に便乗する。スピードは遅いが歩くよりはるかに楽だ。さらに農業トラクターに、はてはバイクの3人乗りで村のバス停までたどり着いたが、すでにジャナカプールに戻るバスは終わっていた。運転手が走り去るトラックを通せんぼするように強引に停めてヒッチハイクだ。暗くなったデコボコ道をトラックは勢いよく飛ばす。稲わらが散乱する荷台で何度も体が飛び跳ねながら、でもバスの屋根よりはマシだなと思っていた。道ばたに置いてきたリクシャーを拾ってジャナカプールに戻ってきたのは夜9時を回っていた。町の明かりにホッとする。少し気持ちの余裕もできて、茶店に寄ってチャイ(紅茶)を飲みながら運転手を慰労する。朝からのまるでロードムービーのような二人旅を回想する。鉄道には乗れなかったが、今日一日で何種類の乗り物を使ったことだろう。


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夜遅く町に帰ってきたら、結婚式のパレードをやっていた。農閑期の、この季節は結婚式が多い。

 ジャナカプール鉄道はバスよりも遅く、老朽化も激しく、今では一日一往復という不便さにもかかわらず多くの人が利用する。インド側に始発駅があるため、インドからの物資の輸送に都合がいい。同区間を走るバスに比べ、鉄道の運賃は格安である。そしてこれが最大の理由かもしれないが、バスでは載せられないような大きな荷物を積むことができる。大きな荷物を持っている人に何人か聞いてみたが、中身は食品や薬から衣料品、雑貨など、さまざまな日用品が多い。
 
 ひとつひとつはいわば「かつぎ屋」レベルの小口のものだが、総量としてはこの地方の経済活動の一部という見方もできる。こんなヨレヨレの小さな鉄道も「買い出し行商国際列車」として地域経済の一端をになっていると思えば頼もしくも見えてくる。
 
 かくしてジャナカプール鉄道は本日も満員御礼。民衆の熱い支持を受け、今日も鈴なりの客を乗せて走り続ける。

Canon EOS5DMk2, 60D, EF17-40/4L, EFMacro100/2.8L, Makro-Planar50/2, Distagon35/2


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