ある駅のたたずまい 9 服部一人
この春にスペインを旅行した際、南部コルドバをベースにしてアンダルシア地方をいくつか撮影していた。この日は朝コルドバを出て日帰りでセビーリャへ。夕方まで撮影して、さてコルドバに戻るかとセビーリャからAVE(スペイン版新幹線)に乗った。
コルドバまでの乗車時間は50分たらず。今日一日の撮影の軽い疲れもあったと思うが、何となくぼーっとして過ごしていた。ふと窓の外に駅の気配を急に感じて目をやると、コルドバという駅名標が過ぎ去っていく。すでに列車は出発していた。乗り過ごしてしまったのだ。
やれやれと思いながらもあわてて時刻表を調べ、コルドバに引き返す方策を考える。さいわい20分くらい行った次の駅で降りて待てばコルドバに戻る列車がある。とりあえずホッとして次の駅PUENTE GENIL-HERRERA(プエンテ ゲニル エレーラ)に降り立った。列車から降りたお客は僕を含めて数人。ホームは長いが閑散として人の気配がない。駅はまだ新しく、床も壁もツルツルと光っている。
さっそく窓口でコルドバに戻る列車の切符を買うが、あとはやることがない。ちょうど夕刻で腹も減った。売店かカフェでもと思ったが、駅構内にはまったくお店がなかった。店が閉まっているのではなくお店がなかった。窓口の駅員以外に人影はない。待合室の照明も何となく暗い。
しかたない、外に出てなにかお店でも探すかと駅前に出てすべてを悟った。目の前には夕闇迫るオリーブ畑が薄暗く広がっているだけでほかには何もない。お店どころか人家とか集落とか、人の気配のするものは見える範囲に何もない。バスもなければタクシーも停まっていない。わずかに遠くに高速道路の灯りがずっと続いて、車の音が風に乗って聞こえてくるのみである。
広大なオリーブ畑の中にポツンとある新駅といった感じだ。スペインのAVEは日本の新幹線のように在来線とは別に新線を建設してスピードアップを図っている区間がある。最短距離を直線で結ぶので大きな町でないところにも駅ができることがある。ここもそんな駅なのだろう。
察するに、日本で東京から上越新幹線に乗って高崎まで行くつもりが、うっかりして忘れて安中榛名で降りた、または東北新幹線で盛岡から仙台に行くときに乗り過ごして白石蔵王でおりたといったところだろう。このプエンテ ゲニル エレーラ駅も在来線との接続はなく、およそ乗降客が多そうにはみえない。
待ち時間は空腹を抱えて手持ちぶさただったが、しかし考えてみればまだ失敗の傷は浅かったと思った。すぐ次の駅で折り返すだけなのだから。もしこれが新幹線のぞみに乗って名古屋に行くはずが乗り過ごせば次は京都だ。東北新幹線で東京からはやぶさで大宮まで行くとして、うっかりすれば次は仙台だ。AVEにも長い区間停車しない特急もある。
ちょっとしたアクシデントで偶然降り立った駅だし、特に何があるわけでもなかった。こんなことがなければおそらく来ることはなかっただろうし、次に来ることもないだろう。そう思えばこれもなにかの縁だ。何もない駅で列車を待つあいだにとても美しい夕焼けが見られた。それだけでも来た甲斐があったというものだろう。
折り返す列車までは1時間30分以上あった。その間ほとんど乗降客はなく駅はひっそりして静かなものだった。
美しい夕焼けを眺めていると、出迎えのためか車がやって来て人が駅に入っていった。人の気配を感じると、なんとなくホッとするものだ。
折り返した列車に乗ってわずか20分もするとコルドバに到着した。先ほどまでの静かなプエンテ ゲニル エレーラ駅で少し心細い気持ちだったが、コルドバの駅や町の灯りがうれしい。
FUJI X-T2 Fujinon XF10-24/4, XF35/2 VOL.1016
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