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2017年10月30日 (月)

品川リバイバル  高輪橋架道橋Vol.2  太和田光一郎

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前回に引き続き、高輪橋架道橋をご覧いただきたい。

この地下道はご存知のように一方通行路で、国道15号線(第一京浜)から進入し、港南側が出口になっているが、今回はあまり写真を見かけることが少ない港南側を中心にご紹介する。

この記事をまとめるにあたって、長年、東京機関区にお勤めだった元国鉄マンの方にお話を伺った。この階段には特に名称は無かったようで、毎日、通勤で泉岳寺駅から歩いてこの地下道内の階段を通っていたそうだ。

当時、国鉄職員のほかに、高輪側の右角にあった日本食堂高輪営業所の方々が利用していたようだ。

長い地下道を出て道なりに品川方へ進むと、右側に東海道新幹線の高架があり、しばらくすると品川客車区へ入るための無人踏切があった。

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新幹線と併走する汐留からの貨物線が、東海道線の下り線と繋がっており、ゴハチの急荷・入れ換えのDD13などが次々にやってきて、一日いても飽きることのない私の大好きな撮影地の一つだった。

前回、ご紹介した階段に取り付けられているパスワードロック式のドア。現在もJRの社員の方や、工事関係者の方々が利用しているのだろうか。だとすると、ドアの奥にはそのまま階段が残っているのかもしれない。(写真上)

後から作られた階段は完全に閉鎖されている。(写真右上)

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高2の夏、念願だった超広角の24mmをバイトをして購入した。さっそく階段をコダクロームで再撮して、奥行き感のある写真になった思い出の一枚だ。それと港南側から見た地下道内。(写真上 撮影:1979年11月3日)

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階段を上り、頭を出して札の辻群線の田町方を撮った。この時、すでに20系寝台特急の姿はない。(写真左・撮影:1979年11月3日)

それからちょうど一年後、品川方を撮影。品川機関区のDD13が元気に入れ換えをしている姿が見19801103_01kt_える。(写真左下・撮影:1980年11月3日)

現在の港南側の出口。当時の貨物線の上には、東海道新幹線の高架線が作られた。右側には運河があったが、埋め立てられて今は公園になっている。(写真下)

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 中2の夏、いちばん品川の撮影に付き合ってくれたクラスメイトのN君と一緒に撮った汐留に向かうEF58 128号機が牽引する荷36列車の後追い。高輪橋架道橋の出口のところだ。右端に写っている標識には高さ制限が1.5mとある。最後尾のマニ60の手前の線路は、千代田倉庫への引上線、清田専用線だ。(写真下・撮影:1976年8月7日)

特記以外 撮影:2017年7月11日  Nikon Df   14-24mm F2.8     Canon EF   FD24mm F2   FD50mm F1.4   FD55mm F1.2    Vol.1034

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